ラブリーボーン

映画「ラブリーボーン」を観てきました。

劇場に入るとき、カップルが非常に多い(高校生のカップルもいた)なぁと思っていたんだけど、たぶんこんな映画だとは思ってなかっただろうなぁ。決してラブリーなものがボーン(誕生)するものじゃないのでご注意をw


ピーター・ジャクソン監督、スティーブン・スピルバーグ制作総指揮とか。

シリアル・キラーと娘を殺された家族の壮絶な戦い、かと思いきや、かなり仏教思想に彩られた面白い作品でした。
この映画ではイヤラシくて不快な犯人が格好いい刑事にしっちゃかめっちゃかに撃たれたり、腕をねじ曲げられるように逮捕されたりもしません。息を飲んで見守る緊張の瞬間や痛々しくて目をそむけるようなことはあっても、決してすかっとかっ飛ばすようなハリウッド的体験はありえません。

スーザン・サランドンのおばあちゃんがそのまま言うように、またスージーのいる場所が天国と現世の境であることをやや強調してるあたり、恨みの感情に囚われることからの解放、そして最後にスージーが選ぶ思い残していたこと。それら仏教的なニュアンスがこの映画の主題。スージーが境の世界でいろいろな光景をみてあるくのも、バルドゥ(中間の意。チベットの「死者の書」に語られる、死者が49日間に渡って体験する再生誕までの魂の浄化の過程のこと。)に似ている。

霊的なものを見ちゃうっていう同級生の女のコは、最後ギリギリまで何のためのキャラクターなんだと疑惑の目でみることになります。でも、なんか一番大事な役だったよなぁと思う。ああいう「なんか霊とか見えちゃうんだってアノ娘」っていうタイプの女のコって、日本だけのもんじゃないんだねw
そして意外と何のためだったんだあんたはというのが、お父さん。ちょっとがっかりw これも現代的といえるのかもなぁ。

あとからじんわりと気持ちに訴えかけてくる、変わった作品だなと思いました。

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