The Last Good Kiss.

酒の出てくる小説は数多ある。
数多ある中でも、僕の心の中に小さいながらもきちんと足跡を残したまま、それが消えない小説のうちのひとつが、ジェイムズ・クラムリーの「さらば甘きくちづけ(The Last Good Kiss)」だ。
冒頭、主人公スルーが、依頼人である女からその夫である作家のトラハーンをカリフォルニア州ソノマにある、ぼろくて薄汚れているようなバーで、見つける。
その傍らで灰皿に注いでもらったビールを舐める酔っ払ったファイアボール・ロバーツ。アル中のブルドッグ。
そして流されるようにスルーは、バーの女主人からの依頼で女主人の娘を探しにでる。酔っ払いの作家トラハーンと、酔っ払いの犬ファイアボール・ロバーツと、ワイルドターキー1パイント瓶と一緒に。
レイモンド・チャンドラーの「長いお別れ(The Long Good-bye)」へのオマージュと著者自身が名言するとおり、その端々に現れるチャンドラー「スタイル」とも言うべき乾いた文体と精緻な筆力は、あるいは時代が時代であれば、チャンドラーと肩を並べたであろう妄想もしたくなる。いや、時代が違ったからこそ、著者はチャンドラーに出会えたし、そのオマージュを作り出すことができたのだろうか。そしてそのオマージュたる部分からの逸脱もまた、すばらしい。虚無的なチャンドラーのヒーローに似ているにしても、関わる人々に深い入りしてしまう「スルー」の感性は、もっと現代的で、70年代的だ。
読み終わる頃には、酒庫にバーボンは何があったか、ワイルドターキーはあったか、いや、気分的にはJTSブラウンか、あるいはオールドクロウか、などという思いが頭をよぎる。
ああ、長らく読み返してなかった。
休みも長いし、久しぶりに引っ張りだして読んでみるか。


[ DoblogのときのEntry ]

“The Last Good Kiss.” への2件の返信

  1. わたしはFIREBALL ROBERTSがあまりに好きで、英語の原書も辞書を引けば読めるけど、フランス語の方がもっと得意なので、フランスのアマゾンにこの本のフランス語訳を注文したところです。
    最初、フランスではこの本はLe chien ivre(酔っ払いの犬)というタイトルで出たようで、わたしは思わず泣きそうになりました。フランス人はわかるんだな、と思って。
    その後改題されて、Le dernier baiser(最後のキス)というつまらないタイトルになって、それを注文して、届くのを待っているわけです。
    Fireball Robertsが飛行機に乗って、はるばるフランスからここへ旅してくる様子が目に見えるようです。彼は旅行好きな犬なんです。本にもそう書いてありました。
    住処もちゃんと用意しました。本棚で一番いい場所です。早く来ればいいなあ。
    アマゾンによれば、4月12日ごろ、着くそうです。

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