バーにて。(5)

あまりあることじゃないけれど、バーでの御法度というものがあります。
それらは大概、客の自発的な行動によって行われていることで、必ずしもそれを破ったからと言って店からたたき出されたりするものではないのですが(苦笑)。
ただ、中には、他の客から注意を受けることもありえるので、知っておいたほうがいいことも。
基本は「他の客に迷惑をかけない」ということに過ぎません。
例えば
・大きな声は出さない(普通、二人程度で来たのであれば、隣の人に聞こえる声でいいのだから、大声を出す必要はないだろう。)
・バーテンダーの仕事の邪魔をしない(バーテンダーはホストでもホステスでもない。複数の客を相手にしているのだから。)
・酔いつぶれるまで飲まない(いわずもがな。)
などなど・・・
細かいことを言い出すときりがないし、そんなの気にしてないっていう店もあるので、それは「場の雰囲気」を見て自分の中で決めるものです。ある意味「郷二入ラバ郷ニ従エ」ってことで(笑)。
とはいえ、お酒が入ると楽しくなって笑ったり話したりがついつい大きい音になっちゃったりするのは、仕方ないかなってときもあることはあります。
ただ、どうしても我慢ができないのが、香水。
女性としては身だしなみレベルで当然のものだと考えている人もいますし、そういったことを否定するつもりは毛頭ないのですが(汗)。
お酒の香りは繊細で、他の香りとぶつかると消えたり変質したりします。
人間が味を感じる仕組みにおいて、その何割かは香りによるものだといわれます。味わう、ということは香りを嗅ぐことだということです。風邪のとき、鼻がつまっているせいで、何を食べてもおいしくないと感じるのも、このせいだということです。
香水が鼻につくとき、これも同じような効果をもたらしているようです。どんなに良い香りの香水だとしても、それがどんな酒とも相性がいいとは、誰にも言えません。いえ、逆に、どんな酒とも相性が悪い、と言える場合もあります(マリンノート、フローラル系は、その最たるものといわれています。だからといって、ムスクやその他のものが合う、というわけでは、当然ありません。)
香水はまた、空気中に放散しますから、本人だけの問題ではなくなる、ということもあります。上で挙げた「他の客に迷惑をかけない」ということにひっかかるわけです。
ぜひどうか、「いい女」な皆様、バーにいらっしゃるときは、香水は控えめに。

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バーにて。(4)

例えばここに、一本の酒瓶があるとする。
友達は、期待の眼差しでもって僕を見ながら「これはどうやって飲むもんなの?」と聞く。
僕は「これはどうやって飲むのがおいしいの?」という質問と判断して、「そのまんまかロック、ちょっときついなーって人はソーダ割なんかにすればいいんじゃないかな。」と応える。
ウイスキーやスピリッツ類、度数の高いリキュール類は、とりあえずそのまんまかロック、またはソーダ(いうまでもなくクラブソーダ)でそのものに近いままの味を楽しんでみるのが一番だと思う。
それを味わった上で、自分なりに「柑橘系が合いそうだ」とか「ベリー系リキュールが合いそうだ」とか組み立てて、試してみるのが楽しいんじゃないだろうか。
いや、僕はそう思っていた。
だが一般的にはどうもそうではないらしい。
最初の質問の意図は
「このお酒はどういう飲み方をするものなの?orどういうカクテルにしたりできるの?」
ということらしい・・・(苦笑)。
しかし、それは難しい質問だ。
あらゆる組み合わせを試しているわけではないから、自分がいままで試したものの中でいいかと思われるものしかオススメできない。僕もプロではないし(笑)、必ずしもオススメするのもお口に合うとは限らない。
いや、そもそも、酒の飲み方に決まりなどあるだろうか?という疑問に突き当たることになりそうだ。
カリフォルニアワインに氷を入れる、というスタイルが流行ったことがあった。以前には考えられないことだ。
ロックビールってのもあったな。
カスクストレングス(樽出し原酒)のシングルモルトウイスキーを、蒸留所が使っている水で割る、という高級な遊びもある。
こないだは某所で、コアントローリッキー(ソーダ)を飲んでいる某氏をみて感動してた人もいた(笑)。
度数25度以上のものは、混ぜることが特に不思議ではない、と思っていていい。
そのまま飲むのが好きな人もいる。
ちょっとそれでは強いので、ロックやソーダ、水割りにする人がいる。
カクテルの材料にする人がいる。
皆それぞれに楽しんでいるわけで、どれかに限定されるようなものではない。
自分なりの楽しみ方を見つけてみてもらいたい。
それに乱暴な話をしちゃうと、レモン(またはライム)を絞ってソーダで割るってだけで、なんでもカクテルになっちゃうものだ。
だから、リキュールやスピリッツ類をして、その後に「リッキー」とか「ハイボール」とか言っておけば、それなりに軽めに楽しめるともいえる(って、どうしても合わないお酒もあるので、なんでもかんでもってのはヤメましょう:笑)。

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futari no jikan

「ただいま」

くたびれた顔つきで、彼が帰ってきた。

私はまるで夫婦のように、彼のブリーフケースを受け取り、背広を脱がせる。

それほど遅い時間というわけではないけど、ここ最近、彼は会社で重要な役割

を負っていて、精神的にひどく疲れているようだった。

彼の仕事のことがよくわからない私は、もどかしいだけで具体的に励ますこと

ができるわけでもない。ただこうして、一緒にいられるときには優しくしてあ

げるくらいだ。

「少し飲みたいなぁ・・・。」

彼がネクタイを緩めながらつぶやく。

私は彼がそう言うだろうということをうすうす感じていたから、準備も完璧だ。

何を飲む?私がそう聞くと、彼は「日本酒がいい」といった。これも読みが

当っている。

Tシャツに着替えた彼が、テーブルの前に座るころには、私の準備も終わって

いた。お酒は刈穂の普通酒。彼は重い純米酒や、名ばかりの吟醸酒などより普

通酒の冷やを好んだ。「格好悪くて、外で飲むときは『普通酒くれ』なんて言

わないけどね」と彼は良く言っていた。冷や徳利に入れてある。

彼は無表情で、ふぅとため息をつく。私が徳利を取り上げ、彼に差し向ける。

ここからは私達の時間。

彼の持ったグラスでわずかに橙味がかった液体が踊る。私のグラスにも同じよ

うに注ぐ。チンという音とともに乾杯をして、二人同時にグラスに口をつける。

彼はグラスを置くと、かわりに箸を持ち上げる。

「かきあげ?・・・油っこいのはきついなぁ・・・」

目の前のかきあげを見て、彼が言う。

「大丈夫だよ。食べてみて。」

私が促すと、彼はようやくかきあげに箸をつける。

さくっさくっという音がして、私にできる限り薄くした衣が割られる。レモン

を絞り、塩をぱらりとかけてから、口に運ぶ。

私も同じように箸をとり、かきあげを食べ始める。

「・・・おいしい。」

彼がつぶやく。

私はにっこりと笑い、かきあげを口にする。口のなかで、ほろりとくずれる。

枝豆の香ばしさと、桜海老の甘みがいいバランスになっている。油もうまく切

れたみたいで、衣はさっくりと薄い。自画自賛だけど、思わず私もうなづいて

しまう。

「こないだ言ってた、紅葉狩り行こうって話さ・・・」

彼はしゃべりながらいわしのたたきに箸を伸ばす。そしてグラスを取り、お酒

を呷る。私は聞きながら、徳利を取り上げ、彼のグラスに注ぐ。

「ほら、ひじきも食べてね。酢橘で和えてあるの。」

「あ、うん。でさ、レンタカーとバスとどっちにするかって・・・」

言いながら、彼は明日葉のお浸しをつまむ。

私は彼を見ながら、うまく言い表せられない気持ちでいた。幸せで、なにより

も大事な時間だった。彼のために何かすることもできなくて、なのに私にはこ

うして幸せな時間があって・・・。誰かが、私がこうなるように取り計らって

いるのだとしたら、私はその誰かに感謝したい。そんなことを考えていたら涙

が出そうになって、誤魔化すためにグラスをとり、彼のように呷った。

彼はかきあげを食べている。

「うん、おいしいよこれ。軽くって。」

帰ってきたときとはまるで別人のように、子供のような顔で微笑む彼。

「うん。うん・・・よかった・・・ありがとう。」

私はやっぱり涙が出そうになって、なんとか誤魔化そうとしたけど間に合わな

かった。彼は何がそうさせたのかわからなくて、慌てふためいていた。

バーへ行こう。(3)

まだオープンして2ヶ月の店で、紹介するのも本当はどうかと思うのだけど。
ススキノにその店はオープンした。
それまでは老舗と呼んで差し支えのないバーテンダー松川泰治氏の店「Barまつかわ」だったのだが、いろいろな都合が重なって、その店舗を手放すことになった。手放すにあたって、松川氏は自分の後輩にそれを託すことにした。
かつて自分が修行時代を過ごした店、バー山﨑の、山﨑達郎氏にいいバーテンダーはいないか、と相談した。
山﨑氏は、たくさんのバーテンダーを育ててきた。何人かの弟子たちのことを思い出していた。独立したものもいれば、転出して他のバーで勤めているものもいる。だが心の中では、一人の弟子のことでいっぱいになりつつあった。
バー山﨑では、10年も勤めチーフバーテンダーとして店のほとんどを切り盛りできるようになった弟子は、薦めて独立させてきた。
そうして独立した弟子たちはみな、全国に知られるような有名なバーテンダーとして活躍した。松川氏もそうだし、中田耀子女史もそう、中河宏昭氏もそうだ。
しかし、今回はどうも惜しい。山﨑氏はそう感じていた。10年間、一から教え込んできた純粋な弟子であり、今となっては片腕にも等しい存在だ。だがこれほどの良い話もざらにはない。これほどの良い話を他にふるのも何やら勿体ない。
山崎氏はそういった贅沢な悩みの末に、チーフを呼び、話を打ち明けた。
チーフ根本亜衣は、高校卒業後周囲の反対を押し切ってバーテンダーの道を歩き出した。山﨑氏は当時まだ高校も卒業していない根本女史とその母親の相談を受けた。面倒を見てくれないかといろいろな店に打診したが、なしのつぶてだった。それ以外に安心して任せられる店もなし、逆にここでほおりだしてしまって、場末の店で如何わしいものに染まるのも忍びないと、自ら弟子に抱えることにしたのだった。
それから10年間根本女史は勤め上げ、43年になろうとしているバー山﨑の歴史の中で初めての女性チーフになった。
山崎氏はその半生記の中で「やめられては惜しい。結婚しても店を続けられるような相手を見つけてもらいたいものだ。」と語っていたほどだ。
初めは松川氏の後釜など勤まる自信がないと固辞していた根本女史だったが、せっかくの機会と山崎氏の強い薦めに従って、そうしてようやく自分の店を持つ決心に至った。
それからはとんとん拍子に話は進んだ。
オープンにはたくさんの客が詰め掛けた。
それから2ヶ月。
祝い事が好きで、常連客の誕生日には花火のついたケーキを出して、煙感知器にひっかかって2度管理人に怒られた。
オープンして1ヶ月でスタッフが交通事故にあって入院してしまい、人手が足りずに実弟をバイトに使っていた。
松川氏から委譲されたボトルの半数はまだ飲んでみていないので、「お客様にお勧めできません」と苦笑した。
「忙しくて休む暇もないんです。またこれで婚期が遅れますよ」という彼女の顔は、それでも満足しているように笑っていた。
札幌市中央区南4条西5丁目
つむぎビルB1F 「バーねもと」

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バーにて。(3)

バーのカウンターに座ると、目のやり場に困る、という人がいた。
そんな気にすることないのに、と答えながら、私としては面白いものを見るような目つきで、その人をみていたかもしれない(笑)。
カウンターに座って酒を注文すると、バーテンダーが調製しはじめる。その一挙手一投足をじっと見るのは、なんだか「チェック」してるみたいで申し訳無い、かといって他に目をやってキョロキョロしてると思われるのもなんだか格好悪い、ということらしい。
本当に遠慮などせず、是非バーテンダーの一挙手一投足に注目してもらいたい。
バーテンダーの技量は、実はそこにこそ現れているといっても過言ではないのだ。
上手なバーテンダーの動作は、流麗で華麗で、簡潔でストレートだ。
レシピを揃え、前準備を施し、調製する。
動作の全てが流れを具え、しかし無駄はない。
派手なアクションを身上にしている人もいないではないが、良く見ると利に適っていることに気づくことができる。
シェイカーの一振りも、そのシェイカーの中でおこっている出来事、氷が砕けていないか、液体が泡立っていないか、冷え具合、混ざり具合、それらの全てを耳と触感と経験によって彼は知っていることを思えば、官能的な印象を受ける。
なりたてのバーテンダーが悩むことの一つに、「シェイクしているときはどこを見ればいいか」という問題がある。カウンターに座る客と、同じようなことバーテンダーも悩んでいる。
バーテンダーによっては、「なるべく注文されたお客様の前で振って、視線はお客様へ」という「熱視線系(笑)」もいれば、「お客様の背後」という「視線はずし系」もいれば、「真横か、シェイカーそのもの」という「無視系」もいる。
客としても無理してバーテンダーをじっと見なくちゃいかん、ということはないが(笑)、シェイクする腕の使い方や位置、シェイカーの冷え具合、音などを見聞きすると、面白いほどバーテンダーの個性が出てくることに気づける。
また、バーテンダー以外にも、バックバー(バーテンダーの背後にある、ボトルを並べている棚の総称)を見る、という手もある。
見たことも無いボトルを見つけたら、遠慮無くバーテンダーに聞き、どういうものか教えてもらう。ボトルでなくても、飾り壜やちょっとした小物が置いてある場合も多い。何かの記念や、酒造・酒販店が置いていったものや、客からもらったようなものまである。その経緯なども面白い話の種になる。
そうそう、ただし。
バーテンダーが他の客の酒をつくっているときは、話しかけないほうが無難だ。それと、たとえ自分の酒をつくっているときでも、シェイクやミキシングをしているときは止めたほうがいい。
うまい酒は、他者とのコミュニケーションによる、ということもあるようだから。

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バーへ行こう。(2)

北海道最大の歓楽街「ススキノ」のいわゆる中心地にそのバーはある。
ススキノ交差点から、都通りに入ったすぐ、古びたビルの4Fにある。
ちょっとだけ立て付けの悪い大きな自動ドアが開くと、オーセンティックな長いカウンターとその幅一杯のバックバー、奥にはボックス席が見れる。
ふと、微かなデジャヴを感じる。どこか懐かしい、と。
「薄野に山崎在り」と謂われる山崎達郎氏が、長きに渡って守りつづけた不落の城、「バー山崎」である。実に50年になんなんとするその歴史において幾度ものさまざまな危機を乗り越え、もはや揺るぎ様のない城になった。
今は主たる仕事は、チーフを始めとしたバーテンダーたちに任せてはいるが、請われれば自らシェイカーも振る。オリジナルカクテルの数はもはや数えることさえ諦めましたと苦笑いするほどである。
画家を志したこともあり、絵心の慰みで始めた客の横顔を切る切り絵も、すでに二万枚を突破し三万枚へと至ろうとしていた。初めての客なら、切ってもらうのが当然のようなものだ。是非頼んでみてもらいたい。
オリジナル・スタンダードともいうべきカクテルとしては、ウンダーベルグカクテルの傑作「フライハイト」、ドラマのために創作された「ダイヤモンドダスト」、四季に移り変わる札幌をイメージした「初春の札幌」「秋の札幌」など。その他枚挙に暇が無い。
こういったオリジナルと共に山崎氏が育てた弟子=バーテンダーも、また枚挙に暇が無い。弟子が独立するときは、地元に帰るなどのことでないのなら閑忙の手伝いなども考えなるべく近所に場所を探すことを薦めるだけあって、「山崎」からわずか数十メートルの円内に、最初の女性弟子にして今や女性バーテンダーの第一人者中田耀子女史の「ドゥ・エルミタアヂュ」、テクニシャン中河宏昭氏の「バーProof」他、山崎氏を師と仰いだ人の店が何軒もある。
現在のバーテンダーも捨てたものではない。この歴史あるバーにしては若いと思えるかもしれないが、決してそんなことはない。
チーフ根本女史は柔らかいシェイクと的確な仕事が魅力で、ほとんどバーの一切合財を任せられている女性初のチーフバーテンダーである。
相蘇君は軟派な容姿とは裏腹に、力強いシェイク、大胆なレシピを生み出す、ある種の天才と思える。センスが良い、というのであろう。性格は除いて。
そして今なおシェイカーからグラスへ注ぐとぴったり注ぎ切ってしまう健在ぶりの山崎氏。
それぞれの魅力が光り、アットホームでありながらオーセンティック、かっちりとしているようで角が丸い感じがする、そんなバーである。
きっとあなたも「どこか懐かしい」と感じることができると思う。

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