雪の降る町で。

そこは、こんな田舎町でもやろうと思えばできるんですよ、と少しがんばりすぎてくたびれてしまった中年男の笑い顔のような店だった。
田舎町だと馬鹿にしているけれど、ここは私の生まれた町なのだが。
ギシっと音を立てて軋む板張りの廊下を少し進むと、入り口のドアとは別に、華奢なハンドルのついたガラスを嵌め込んだ扉がある。こんどは扉を開けるキィという音。
ようやくカウンターが見えてきた。湾曲した一枚板の、少し低いそれは、不思議な安定感を感じる。並べられた椅子はやや浅めのソファ。カウンターの中は一段低くなっており、バーテンダーは立っていても座った客と目線が同じ位になる。
座ってから見上げると、実用的でない高さまであるバックバーの棚には、所狭しとボトルが並べられている。一番上で天井に届くところは、吹き抜けのように二階の天井にまで達していて、ここからではボトルのラベルもよく見えない。
木造の建物に一体化しているバックバーの棚は、壁となっている板木と同じようにくすんだこげ茶色で、凡そこの建物自体の年数を思うに、あるいはあの最上の棚はいつ落ちてもおかしくないのではないかとさえ心配になる。
マスターと思しき初老のバーテンダーにそう尋ねると「まあそうですねぇ。なんどか大きな地震にも見舞われましたが、何本か落ちてきたくらいで、大概のものは大丈夫でしたね。」と笑った。
驚くのもほどほどにしておいて、とりあえずギムレットを頼む。
バーテンダーは小さく頷いて、仕事をし始めた。
スタイルは古いようだが、仕事はしっかりとしていた。手さばきのはじめのほうを見たくらいで私は安心して、またバックバーや窓のほうを見渡した。
窓の向こうは雪が降っていた。
この町が好きかといわれると、そうではないような気がするのだが、まあこういうバーがあるなら、また帰ってきてもいいのかもしれない、とだけは思う。
出来上がったギムレットは期待に違わずオールドなスタイルで、少し甘めだけれどもその分ライムの味にこだわっているのがよくわかる。
気に入って、ジンベースのカクテルを続けて頼む。
どうやら長くなりそうだ。
雪もしばらく止みそうにないし、いい暇つぶしになるだろう。
――忘れてしまいそうになる程度に、昔のこと――


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