何も変わらないのも、ちょっと悪くない。

誰もが不確かな足元に我慢しながら立っている。偉いものだな、私など我慢できずに転びまくっているようなものだ。
あの頃、私が若いからといってサヨナラを言った人の歳を、私は当の昔に越してしまった。だからといって、私には誰かを若いからといって拒絶することは出来そうにない。人はそれなりに成長するものではないということなのか、それとも単に私の問題なのか。苦笑が漏れる。

苦笑を見咎めたのか、バーテンダーが1本のボトルを持って近づいてくる。
「これなんですけど」
腰に手を当てて、ボトルを私の目の前に置く。顔はいかにも困ってるんだという顔。ボトルはマール・エグラッペ・ドゥ・ブルゴーニュ・ドゥ・ジュヴレイ・シャンベルタン、ニジョン(ネジオン)・ショヴォーの稀有なボトルだ。見た目はぜんぜんそれっぽくないが。
「もう無いんですよ。」
そういって溜息。ボトルの中を見ると、もうあと1cmほどの高さもない。このバーテンダーの癖だ。残りを使い切ることなく、次のボトルが見つかるまでそうしておくのだ。味や匂いを忘れないきっかけにするのだ。
「もう一本、手に入りませんか。」
つまりそういうことか・・・(苦笑)。そう、これは2年前、僕がバーテンダーにお歳暮と称してあげたものだ。バーテンダーが探してみたぶんには、ちょっとも情報がないまま行き詰まってしまったらしい。

まあ探してみるよと答えて半年近く経った。

実際に探してみると見つからない。2年前に買ったところではすでに終売していて、当時のバイヤーもわからない。ワインブームの終焉とともにやってきたワイン周辺のアイテムへの興味の移行でマール、グラッパ、シェリーなどというマイナーなものの売れ行きは増大している中で、どうにもこうにもこのボトルの消息が見つからないのだ。
同じ醸造元の別年度のものもない、いやまして別の製品(例えばワインなり別名のマールなり)も何も見つからない・・・。ときおり、海外のオンラインショップのリストにあがるくらい。

先日又せっつかれたので、初心に戻って改めて探してみると多少のことがわかった。どうやらワイン生産をしている醸造家ではないらしい。これもまだ調べている途中なので、心もとないが、移動式蒸留器でもってブルゴーニュのコートドォールを巡っているらしいのだ。バガボンド(笑)。
高名で高価なワインも生み出す銘醸のマールではなく、このマールがうまいのはなぜだろう。
エグラッペとは葡萄の房ごと絞る従来の方法ではなく、房から果粒を取り外し、枝の部分(果梗)を取り除いて絞ったものの、絞りカスを使用したもの。枝の部分の雑味を含まない分、軽やかですっきりとした味に仕上がる。
実際、このマールも鮮烈というよりは軽々とした残り香で、舌触りはやわらかく、後味を主張しない。綺麗な香りを鼻腔に通したあと、潔く消え去る。甘味はいやらしさを感じさせず、酸味は控えめでわかり易い。
ピノノワール100%で、カラーリングもフィルタリングもされていない。

漸う日本で売っている店を1軒みつけ、注文して取り寄せた。この店の在庫が終われば、日本では本当に手に入らなくなるかもしれない。
これをもってまたバーに行く。バーテンダーは喜ぶだろうか。苦笑しても見逃してくれないだろうか。
そういえば、あの頃はこういう喜びを感じることはなかったかもしれない。フム。私も少しは成長しているのかもしれないな。

(いや、単に変化しただけかもしれない)

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