Vast Active Living Intelligence System.

フィリップ・K・ディックという作家が好きだった。
著作物で邦訳されているものはたいがい読んだ。憶えてもいないクズみたいな作品もあれば、何度となく読み返した作品もある。
その読み返したものの中でも「VALIS」は、僕の現在の思考にも強く影響を及ぼしている。「VALIS」は「聖なる侵入」「ティモシー・アーチャーの転生」(「アルベマス」とする見方もある)を含めて「VALIS三部作」と呼ばれるものの、うちのもっとも初期のものであり、もっともSFらしからぬ作品だ。それはSFという手法を借りた宗教書だ、という人もいる。巻末には、ディックが現実での神秘体験の中で見出した世界、あるいは知識に基づいた「秘密経典書」が収められている。邦訳にはさらに、訳者による重要な語句の解説が添えられる。
「VALIS」は、ホースラバー・ファットという男が、女友達の自殺を止めることが出来なかったことから狂気に触れ、神秘体験を経て、救済者に出会い癒され、そしてフィリップ・K・ディックへと回復(自己同一性の回復)を果たす物語だ。
ディック作品といえば、映画化された「アンドロイドは電気羊の夢をみるか?(ブレードランナー)」「追憶売ります(トータルリコール)」などに代表されるような“今ここに居る自分は、誰なのか”という「アイデンティティの喪失」を主題にしたものが多い。
この「VALIS」もまた、アイデンティティを喪失したファットが、神秘体験を経てディックへと回復していく、同一の主題と言える。
ディックはつまり、作家として追いかけていた主題を、ついに自分の神秘体験を通して完全に消化(昇華)できたんだと思う。それを僕は羨ましく思う。彼がそのためにドラッグに手を出し、廃人同然の生活をしていたことや、何度も愛する人々に裏切られ捨てられてきたことや、最後にはドラッグの影響での多臓器不全で死んでいくことも、あるいは彼にとっては必要だったのだと思う。
誰かに「是非読め」などと言える作品ではないので、勧めませんけど(笑)。

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